なんかひとこと

灯油100円。軽油もあんなに高いから経済破綻しているはずなのに、世の中は隠蔽しているでしょ

2018-09-30

「そんなのポリコレだー」って居直る人の異様さ

前稿を書いて、そしてまた考えるわけですが、
しょっちゅう思うわけですが、

「ポリコレだー」ギャーって騒いで開き直る人々、つまりマジョリティ=既得権益者って、
現実否定論者間違いをわざわざ通しているわけですし、
なにせ、社会を改良する、自ら成長するという気がないのですよね。

簡単に喩えば、
いままでだって、不可触賎民とか部落差別とかを撤廃しようとしてきましたよね。社会の革新です。成長です。
「ポリコレだーギャー」連中だったら、「同和はポリコレ」なんでしょうね。
訊いたことがないのでわかりませんが、おそらくそうでしょうね。

彼らはおそらく、欧米化を強いられてきたから欧米基準にするには差別撤廃になったってだけのことなんだと思います。
それが自民党とか日本とかのしきたり
だからいまや米国まで社会変革を棄て堕落が好きなんですから、「アメリカさんもああですよ」と言い訳なるから、日本も堕落好きに開き直れるんでしょうね。

進歩とか成長とかいう発想が彼らにはなくて、甘えと開き直りなんですよね。

それに対して、例えば科学者ならば普通は、真理に近づこうと努めて探求をしているのですよ。
とりわけ自然科学者ですね。

自然科学者のなかにもキリスト教などの信仰をもっている人が沢山おり、それを不可解に思う人はあるようです。

けれども、自然現象を捉えてもそこになんらかの原理法則があって、そこになんらかの意思とか奇蹟とかを感じずにはおられないから、自然科学者にもクリスチャンなどが少なくないのですよ。

進歩とか成長とかいうと、なにもないところに伸びていくことを想像する人は多いかもしれません。

しかし、たかがヒトの分際です。
なにをもって「進歩」「成長」というのかというと本当は、真理に近づく、究極に近づくということなのですよ。

例えばトップアスリートが記録を高めるのも、ヒトの限界を目指しているのです。
限界はどこかにあるはずです、当然ながら青天井ではありません。人体ですから。
その限界に漸近していくことに努めているのですよね。

真理に近づくべく自己研鑽を図っていくのですよ。
それを譬えれば、言い換えれば、神の御心に近づくということであったりします。
ヒトは創造主にはなれません。宇宙のちっぽけな、ゴミクズみたいな人類ですから。

真の宗教を捉えている、真の信仰をもっているということは、まあ、そういうことです。

ですから、最近の日本人とか米国人とかの「ポリコレだー」幼稚をみていますと、宗教ないんだな、エセなんだな、と判るのですよね。
嘆息です
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