なんかひとこと

灯油100円。軽油もあんなに高いから経済破綻しているはずなのに、世の中は隠蔽しているでしょ

2018-09-29

胆振東部地震に対する、政府・道外の過剰な反応

胆振東部地震に対して、道外からは異常に過剰な反応が起こっています。
来訪者も減り、アベ政権と日本政府や政財界は異常なまでの「復興」アピールをしています。

実際には、「北海道」は道州制で、面積も広いです。
地震で直接に被害を受けた地域は胆振東部や日高地方、あるいは札幌市の一部での「液状化現象」による地盤崩壊などが深刻ですが、
はっきり言って、旭川や函館などは観光でプラプラ娯楽に興ずるのにもなんら支障のない気分です。

つまり、喩えて言えばまるで、「熊本地震」(震災)のときに博多や長崎や鹿児島まで巻き込んだような口ぶりなのですよね。

あんなに、大災害があるごとに、被害を過小に過小に情報統制してきたアベ政権が、今回の胆振東部地震に関しては異様に「マメ」なのですよね。もちろんその一因には総裁選があったのでしょうけれどね。

反対に民主党政権時の、2011年震災のときに、地震と津波の被害が大きかったのは主に東東北ですが、東北全体とか東日本全体とか日本全体に「復興ムード」を起こした原因の一つは、民主党がまじめだったからということと、
東京が間接的に大きくまきこまれたために、東京至上国家の日本社会は過剰反応をしたこと、
財界やマスメディアが(カネのことが気がかりで)過剰反応を始めてしまい、その幕引きがつけられなかったからだと、思われるのですよね。
テレビは刺激的に扇情的に(ニュースバリューがある(売れる)から)流し、
企業はビビって萎縮し事勿れ主義に陥り、またおそらく電通や博報堂なども「自粛したほうがいい」といって広告を止めさせたのでしょう。

残念ながら、北電の電力供給も完全でなければ、そもそも資源エネルギーが有限なのだから常に省エネルギーをやるべきなのですが、
「節電要請解除」と言われた途端に手のひらを返すように今まで通りかそれ以上に「景気よく」無駄遣いをしています。
ですから、札幌や旭川や函館などは(善くも悪しくも)何も変わっていないのです。

簡単に言えば、日本人は愚かになるように育てられ、教育され、情報統制を受けて暮らしています。
だから、日本人は、都道府県を形式的に同じに捉えていて、日本人は「北海道」も県くらいにしか思っていません。県と同じくらいに思わされています

「福島第一原発」の爆発にしてもそうですよね。
十把一絡げに福島県全体に印象を拡大している、拡大させている人がいますよね。
だから、会津人にとっては迷惑でもあったでしょうね。
「福島県」は明治政府に合併させられた「県」ですから、(白虎隊で知られるように)戊辰戦争でも凄惨だった会津では未だに根をもっているといわれているのもあながち「都市伝説」だけではないでしょうし。

日本人は、民族意識が希薄になるように、アイデンティティが確立しないように育てられています。
真のアイデンティティを奪って、「日本人」という国家主義を埋め込まれています。

多くの日本人は、自分の民族が何なのか、自意識をほとんどもっていません。
ですが、「道民」からすれば、アイヌでなければ自分の民族は和人なのが当然の認識ですし、沖縄に行けばやまとんちゅう(和人)と認識されるのが当然です。

風土が異なれば、生活習慣もことばも異なり、異なる地域民族になります。
ところが、明治以降の日本は、「県人」「県民性」「郷土」などの語彙(ワード)で民族性を否定して、日本國民意識を刷り込んで洗脳してきたのですよ。
テレビは「県民性」と強調してバカにしていますし、NHK(国営放送)も巧みに異民族性を否定して日本人の標準化を推し進めてきました。

アベや自民党、日本政府や財界などが怖れているのは、日本国民に真の民族意識が目覚めて革命が起こることなのではないかと、私には思われます。
ネトウヨ(オルトライト)の民族差別主義者からするとアイヌはヘイト対象であるはずなのにもかかわらず、アベ政府の態度がやたらとよいのも、
論理矛盾していて気色悪いと、私は近頃感じてきたのですが、
必ずウラがあるはずですよね。
推論はあるにしても客観的にみて邪推でしかないのでそれ以上は詳しくここでは書きませんが。

日本国というのが民主主義国ではなくて国家主義国だからですよ。
だから、日本人はアイデンティティ希薄で誇りがなくて、民族意識を奪われていて、県民性とか方言とか呼んで侮蔑するんですよ。
差別されているのは和人自身もなんですよ。