なんかひとこと

灯油100円。軽油もあんなに高いから経済破綻しているはずなのに、世の中は隠蔽しているでしょ

2018-10-24

己の尊厳を傷つけることなかれ

尊厳とは、言い換えると、「たましい」のことです。

「やおよろずのたましい」というように、すべてのものには尊厳があります。
生物も無生物も自然現象にも、たましいがあります。
なぜならば、それが地球など大宇宙の一部だからです。
ヒトも、そうでなくとも、大宇宙のひとかけらなのですから。

キリスト教やイスラームやユダヤなどのヘブライズムでいえば、
あらゆるものは、創造主の創りしものなのですから、あらゆるものに尊厳がある、というように言い換えられます。
それを理解していない「原理主義」は、原理ではなく、形式主義で本質の解らないエセでしょう。


人にも尊厳があり、己にも尊厳があります。
自己の心身でさえも、自分のエゴ(自我)でわがままに壊すことは過ちです。



ですから、例えば、
いかに選手自身の意思であったとしても、自身を壊して選手生命どころか人生も身体も潰してまで競技続行を求めたとしても、
それは客観的に間違いなのですから、周囲が止めないといけないのです。

その「献身」や奉公(自己犠牲)の意思は、わがままなんだ、と。

自己犠牲をやらせちゃいけないんです。
周囲も、自分自身も。

あの戦争は典型例ですが、日本の国家主義、全体主義、階級差別は、罪です。倫理的にも、神道的にも、科学的にも、過ちです。


我々は、みずからの行動には責任をもって始末をつけねばなりません。
植えたものは刈らねばならないし、切り拓いたものは放置して荒廃させてはなりません。
例えば、スギを植えたのに金銭的採算がとれないからとか、耕したのにやっていけないから放棄とか、そういう無責任を日本人はいまも続けているではないですか。

終えるときも責任をもって終わらさねばならないのです。
放置しても「自然には還らない」のですから。
元には戻らないのですから。
常に、将来に向けて変化が続いていくのですから。


他者のみならず、己も大宇宙の一部なのですから、わがままにことさらに傷つけ毀してはならないのですよ。

身体に穴を空けるとか、色を染めるとかいうのがいけないといわれてきたのは、「親から貰った身体だから」ではありません。
ヒトも宇宙の一部で、たましいがあるからです。

それを「親から貰った身体だから」と思い違いをしてきた日本人というのは、階級差別の儒教徒だからなんです。
だからそうしたら、カルトにだってなるわけで、親のためには死ぬことも、国家のために死ぬことも他人を殺すことも、美化されるわけですよね。カルトですから。


人も、自身の苦痛が死ぬよりつらくなれば、みずから死ぬことはありますよ。
人類は、生存欲求があまりにも強いので、苦痛も強く、苦痛があれば悩みますから。他人に迷惑をかけることまでも悩みますから。

死ぬよりつらくなれば、みずから死ぬことも起こります。
死んでしまったものは還りません。

だから、周囲がいかに、本人(当事者)の苦痛を和らげられるかが、重要なのですよ。


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