なんかひとこと

灯油100円。軽油もあんなに高いから経済破綻しているはずなのに、世の中は隠蔽しているでしょ

2018-10-06

【省エネ】WiFiの電力消費の問題

いまどきは、インターネット接続は無線LANだということが多いと思われます。
さらに、貧困・高齢層は、インターネット接続は携帯キャリアのみ(たぶん3.9G/4G LTEでしょうが、もしかすると3G CDMA)ということも多いでしょうけれども。この層はインターネット利用の割合が低く、テレビや新聞に影響されやすい、つまりデマゴーグ(煽動)につられやすいという別の大きな問題があるのですが、ここでは別の話題なので措いておきます。

地震後に「2割節電」って言われたので、私は性能の低いルータを引っ張り出してきて交換しました。
パソコンのWiFiをやめて、有線接続に戻しました。
無線LANは、携帯端末のみで利用で、5GHz帯と2.4GHz帯の両稼働をやめて2.4GHz帯のみにダウングレードしました。
そのことが、電力消費の節減に効果があったものと思います。

無線接続(電波)のほうがおそらく、電力消費が大きいでしょう。
さらに、電波状態がよくないと、通信効率が悪化し、消費電力が増えるものと思われます。

2.4GHz帯は混みすぎ問題があります。
同じチャネルで衝突していると、互いに譲り合うため速度低下します。

また2.4GHz帯は、法規制上は、通信のみならずそもそも一般機器が勝手に利用して構わない周波数帯になっています。
2.4GHz帯だと、屋外でも勝手に置けるので、公衆無線LANも2.4GHz帯です。

5GHz帯は、周波数が高いために通信が速く、また混んでいないことが多いのですが、
そもそも周波数が高いことによる電力消費も別に問題になるかもしれません。

ネットワークケーブルで繋いだほうが、通信は確実で、電力効率が良いと思われます。

さらにいえば、必要がなければルータ機器もやめて、パソコンとONUを直接繋いでしまえばよいわけですけれどね。(2011年震災の頃は、私はやっていました。)

いまの携帯端末の多くは有線LAN接続がないので、ONUに直接繋いでしまえというわけにはいかないのですよね。
かりにUSBケーブルとかで繋げたとしても、繋ぐ相手はONUではないですよね。パソコンなどを経由させることが順当だと思われます。
携帯端末からケーブルで直接PPPoEなどやる人がいたとしたら猛者ですよね、いるか知りませんが。

ちなみに、携帯端末は多くが電池駆動なので、その電力効率や資源効率の低さがまた、大きな問題になります。

そうした点について、そもそも問題として認識されていないことがなおさらまずいと考えられます。

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【日記】今月分の電力検針結果

私のところの、この1か月の電力消費の検針が来ました。
この地震後の1か月の「節電」monthです。

先月比で3割くらい減っていました。
そんなに減るとは思っていなかったので意外。

私はもともと電力消費は辛抱して少なくしているので、無理はしています。

地震後は、
夜の照明の消費電力を16Wくらいから7Wくらいに減らし、
ルータをダウングレードして、5GHzをつかわないようにしました。
実際のところ、もともと暗かったのですが、さらにとても暗いです。

他方で、掃除機は以前同様にたまにかける(かけないと衛生状態がさらに酷くなる)し、パソコンは使っているし、溜まっていた書類をスキャンしたりして電力を遣ったので、電力消費はそれほど減らないと思っていました。

ただ、もう寒くなり始めていて最低気温が1桁になったりしていますし、これから冬になれば最高気温もマイナスになるので、
暖房と除湿をしないと生き延びられません。
そのため、冬になれば電力消費は増えます。

「北海道」では、暖房がないと死にますし、洗濯しても乾かすのに苦労します。
寒冷地用エアコンがあれば室内は乾燥するでしょうが、多くの家屋は暖房が石油か都市ガスです(薪のところもあります)。
室内で燃料を焚けば、湿度があがります。換気も頻繁にするというわけにはいかず、そもそも外は雪が積もっています。
洗濯して室内に干すと、湿度は当然にあがります。コインランドリーに通うとすれば贅沢ですし、通うのは大変です(雪も降るし積もっているし)。
だから、冬は湿度が上がるほうが一般的です。
洗濯して乾かすのもそうですが、暖房しているのに湿度が高いと衛生状態が悪化します。カビも凄いことになります。
というわけで、うちには除湿機があります。いうまでもなくデシカント方式(ゼオライト方式)です。室温はあがるので、暖房も兼ねています。

暖房がないと死にます。
ストーブが温風を出すのにも電力が要ります。(対流式にすれば電力は要らないでしょうが、それは燃料消費が物凄いのでむしろまずいです。)
私は、足下を温めるのに電気カーペットを使用することもありますし、睡眠中には電気毛布も使用します。

よって、冬になると、電力消費が増えます。
石油は涸渇に向け価格が高騰したままですし、天然ガスだろうが、化石燃料以外だろうが、価格は騰がり続けるでしょう。
日本は、経済が縮小して、階級差別をして下層を斬り棄てて生き残ろうとしている国家社会ですので、収入は増えず生活費は増える一方なので、
今冬も生き延びられるだろうか、懸念しています。
いずれにせよ、そのうち死ぬんでしょうけれどね。

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2018-10-05

「レジ袋削減」のウソと甘え

限りある石油を節約するために、レジ袋(プラスチック袋)を削減しようということを、日本政府の環境省は盛んに言いつづけていますよね。

しかし、石油を節約したいのであれば、自動車を減らすのが正しいということは明らかです。

自動車を減らしたくないから、レジ袋削減を「免罪符」にしたいわけなのです。
けれども、レジ袋ごときを削減したところで、二酸化炭素排出量はほんのわずかしか減らせず、気候変動は抑えられません

自動車を減らしたくない理由はまず、
自動車産業をはじめとする社会構造があって、自動車を減らすと貨幣経済社会に影響が出るという、拝金と国家主義です。

また、自動車で移動したほうが早く済むから「効率がいい」、早く移動し、買い物は休日にまとめ買いし、たっぷり労働しろ、という拝金と国家主義です。

そして、自家用車などを不必要に運転している人々としては、
人件費によって高額になる気がするバスやタクシーなどを嫌い、
「休日にまとめ買いして時間とカネを節約しよう」という発想で、
自動車の密室プライベートを好み、
自動車所有の「ステータス」で優越感を得たりして、
贅沢をしたいという甘えです。

実際に、都会に住めば、自家用車なんてまったく不必要です。

ちなみに、親子なんかで移動するとなると、公共交通機関でうるさくなると周囲から嫌がられることもあるし、嫌がられるのが怖いので、ということが補足的な理由になっています。
それは、日本社会の異常性(休日がみな横並び、乗車率などが異常、「お上りさん」で故郷に帰省など)と、日本人が忙しすぎて度量がないことなどに問題があります。

そして、ばかばかしいことですが、「縦割り」(セクショナリズム)の、省庁の権限関係のせいです。
気候変動対策は、環境省の所管になっています。
自家用車を減らそうとかエネルギー消費を減らそうとか言うと、環境省の権限を超えて、経済産業省とか資源エネルギー庁とかとカドが立ちます

こんなくだらないことが理由で、石油涸渇の日を近づけ、気候変動は抑えるどころか加速させ、みずからの滅びの日を早めています

ちなみに、レジ袋削減とかいっても、自動車で買い物に来るような人はレジ袋なんか不要でしょう。
袋が本当に必要なのは徒歩で来店する人で、自動車なんか持っていないんだからすでに善いことをしているのに、「レジ袋減らせ」と言われて国家社会のしわ寄せをされイジメられる

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まあついでにいえば、神道の皮をかぶってウヨっている連中が、カネを稼ぐために資源をばんばか無駄遣いして国土や地球をケガしているんですから、エセ宗教ですね。カルト。
仏教徒にしても、仏教は資源を無駄遣いしないはずでしょ。だから、日本人はエセ仏教徒。
不可解ですよね。

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【日記】【私事】なかなか進めない

このブログを毎日更新したいと思っているものの、
他人から全力で止められているようなもので胃がやられて吐き気をもよおしたり、
Haskell の dependency hell につかまったり、
なかなか先に進めずにおります。

ウェブサイトを構築したいとも思っていますが、それもなかなか手につけられず先に進められない状態です。

このブログは現状ではジャンルを絞り込んでいませんが、それでよいのかどうかも難しいところです。

こう寒くなってくるとますます思うわけですが、
石油の涸渇です。
ケロシン(灯油)も価格が下がることなく、このまま冬になりむしろ価格があがりそうです。
石油が涸渇するよりも早く、私が凍死するかもしれません。
中東の石油涸渇がみえてきたいま、OPECは危機感をもっているでしょうし、ロシアなどはこれを狙って燃料を小出しにして最もおいしい価格で売り上げているのだろうと思われます。

そんななかでも日本人などは自動車で皆して石油をばんばんムダ遣いしており、暗澹たる思いで日々を過ごしています。

私一人が死のうがなんだろうがたかが知れていますが、
人類が絶滅するのがみえていたり、
地球が日々、こうしているあいだにも傷つけられ毀されていることが、私には痛くて痛くてつらいです。

そのうえ私事で胃がもたれています。食べたら吐き気したり。

2018-10-02

売上拡大(成長)戦略と、日本は選択集中(縮小)戦略

F1の生き残り策

最近に、F1が「グリッドガール」を廃止するということで話題になりましたが、
フェミニズム団体から苦情を受けたからなんていうのはただのきっかけに過ぎません。
観客やスポンサーを集めるためなのです。
「ポリコレ」なんかではなく、ビジネス的な理由なのです。

グリッドガールというのは、単にカーナンバーだとかを掲示するだけの「見せ物」です。
若い女を見せ物にして性欲を刺激して稼げる時代ではない、ということなのです。

なにせモータースポーツは斜陽です。
根本的には、人類はもう、石油をムダ遣いしていられる状況ではありません。数十年前までは石油を浪費して馬力で争っていたF1も、いまではとうに、そうではなくなっています。
F1はあの手この手で、観客を増やそうとし、スポンサーを、またチームを、集めようと懸命です。チーム無線の会話を公開するようになったのも、レースを面白く見せるのが主目的なのではないかと思います。
いまどき、若い女を見せ物にして観客やスポンサーなどが増えるでしょうか?
むしろ、男以外のファンを増やさないと生き残れないのではないでしょうか。

それは、競馬や競輪や競艇が女性ファンを増やそうとしてきたのも同じですよね。競艇や競輪は、選手にも女性を本気で増やそうとしています。
オッサンのギャンブルではなくて、家族で来場するようなレジャーという印象づけで展開していますよね。そうしたほうが売上が増やせるからです。
いわゆる「公営ギャンブル」、つまり公共事業ですから、経費を削減するのには限界があるし、削減したくないのですよね。
そうすると、売上を維持して、なんとかして存在意義を証明せねばなりません。

映画館などに「レディースデー」や「シニアデー」などがあるのも、売上を増やしたいからですよね。
来場客が少ない状態でも「空回し」せねばならないような業態ですから、経費を削るのはかなり困難です。

一部の顧客におもねる日本企業の経営戦略

グリッドガールの廃止に関して、
日本の某インターネット放送局では、グリッドガールをレースクイーンと混同させたうえ、当事者に「誇りをもってやっている」と言わしめていました。
レースクイーンも、女を見せ物にしている点は否めませんが、ただの飾りではなくチームの一員として活動している点ではグリッドガールよりはいくらかマシです。
ちなみに、レースクイーンも、ハイレグボディコンの時代ではなくなってかなり経ちます。そもそもハイレグボディコンでビジネス的に稼げる時代ではありません。
それでも、モータースポーツが男至上社会で、ドライバーもエンジニアも、観客も、男が圧倒的に多いという、虚しい現状はあります。で、このままだと生き残れないでしょうね。
レースクイーンのありかたも変わらねばならないでしょう。

さて、その某インターネット放送局がなぜわざわざ、デマに近い印象操作を流したのでしょうか。
それは、そのほうが視聴者層にウケると思ったからでしょう。だから、そういう筋書き、構成、台本になっていたのでしょう。
で、あえて好意的に邪推すれば、「誇りをもってやっている」と言った穂川さんには悪気はなかったのかもしれませんが、とはいえそもそも当事者の立場だとどうしてもバイアス(主観)がかかり、そう言うのは概ね当然でもあります。

顧客層を拡大するよりも、少ない経費で利益を最大化するというのが、バブル崩壊以降の日本企業の既定路線です。俗に「選択と集中」といわれてきたのもそうでしょう。

人件費を減らし雇用を減らし、利益を最大化することに必死です。上場企業なんて投資家のご機嫌取りですから、利益を最大化して配当で献上してきました。

課金者の少ない業界

インターネット放送局どころか、テレビや新聞も視聴者層・読者層は限られてきているといえるでしょう。
そこで、そうした顧客層をどう喜ばせるかという発想で生き残りを図っているわけです。

FacebookなどのSNS宣伝戦略にしても、いかにファンをつなぎとめるかに重点が置かれています。
テレビCMなんかよりもインターネット広告はさらに、少ない費用で、広告効果が測りやすいです。

AKB48だろうが、「ソシャゲ」(ソーシャルゲーム)だろうが、「高額課金者」の人数は限られています
執拗に大々的に宣伝して、「国民的アイドル」などといった印象操作をしたり、さもプレイヤーが多く流行っているかのような印象操作をしたりしていますが、高額課金者を満足させ熱を冷まさせないのには必要不可欠なことです。
高額課金者に対しては慇懃無礼なまでに、まるでいわば土下座ビジネスといった風情です。

課金者に不公平感を与えないことをとても重視します
課金者は、「俺はこんなにカネを払っているのに」と思うからです。不満になったら止めてしまいます。それを「運営」は怖れています。

角川通信ブロック

角川などが、「通信ブロック」をしろと圧力をかけてまで、違法コピーを取り締まろうとするのも、きっとそうでしょう。

違法コピーによる売上減少額はそれほど大きくはなく、また「損害が出ている」といったところで仮定でしかありません。

書籍でいえば、電子書籍を買う人はまだまだ多くはなく、それよりもそもそも本を買う人が減りました。
顧客数が減り、高額課金者に依存しなければ成り立たないようになってしまっているのだと思います。

それに対して、カネを払って買っている顧客からすると、違法コピーでカネ払っていない奴がいると文句が出ます
ちなみに、オンライン配信を買う顧客だけではありません。版権ものとしてはライセンス権利を買って商品化する業者も顧客です。違法コピー商品があれば文句が出ます。

角川は、それが、怖いのです。

ソシャゲ政治

あとは蛇足ですが、

ゲーマーとしてみたとき、アベは有能なゲーマーです。
本物の政治ではなく、ソシャゲです。

小選挙区制ですから1位を獲った者だけが当選します。得票数で、1位です。得票数1位ならば、比例代表もおのずとついてきます。
実際にはアベを本気で支持している人数なんて、全国民の一部です。当然ながら、過半数もいません。
けれども、既得権益者にとっては、アベのほうが得です。
そして、組織票と、情報統制・世論操作に釣られた浮動票で、得票数1位が獲れてしまいます。

高額課金者(高額納税者)が「俺はこんなに税金を払っているのに」と勝手に不公平感を募らせています。
実際には、社会構造のお陰で儲かっているのに、居直っているわけです。
「俺って偉い。なのに俺ってかわいそう」の感覚で、日本の今の社会風潮はできています。納税者は釣れます。

日本政府、官僚機構にせよ、税金を確保することに必死です。
課金者(納税者)の不公平感を和らげることに必死です。

地方公共団体は、税金では稼げないから、「ふるさと納税」と称する寄付金集めに必死です。
返礼品なんか送ってまで、課金者の歓心を得ようと必死です。
課金者は、節税が目的で払っているのが多く、要は自分が得したいわけです。

既得権益者のための政治が行われ、階級差別と、差の拡大が進むのは必然です。

情報統制、世論操作は徹底しています。
財界は概ね、アベのほうが得です。
電通などは、徹底して情報操作しています。社会風潮はカネで買えます。SNSでさえも、カネと人海戦術で変えられます。ましてや、インターネット放送局なんて自分で掌握しているくらいです。インターネットは中立公正な時代ではなく、とっくに支配されているのです。
日本人は思考停止で生まれ育って暮らしていますから、驚くほど愚かで影響されやすいです。無知だからするレッテル貼り。究極的には、「日本」という迷信妄信の宗教的価値観(科学的現実なんて無視)で、そうなるともはや無思考です、固定観念。
そして、「ネット選挙」と俗にいわれるインターネット集票活動が解禁されているわけですから、ね。

利権、金権、拝金政治ですね。
原因は連綿と積み重なってきたとはいえ、アベと電通たちが確立したモデルです。


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日本人は、他国を知ろうとしない、知らされない

日本人は、物凄いことに、
他国の人の思想や信仰、主観、生活習慣も、
それどころか国内の異質な人のそれらも、知る気がほとんどないし、知らされないようになっています。

世界の常識が通用しない異様な国です。

例えば、信仰や宗教が実質的にありません。他方で慣習は物凄く貼り付いています。
世界の常識である、イスラム教やキリスト教、ユダヤ教、さらにいえばヒンドゥー教などがあることも、自分や自国のこととは全く思わない、当事者意識のない、
日本人は異様な人々です。

国内にも普通にムスリムなどが暮らしていますし、
ましてや旅行で来ますよね。
オリンピックだの何だのといって外貨獲得に懸命なんですから、来てほしいのではないのですか? 日本人はカネが目当てです。

豚肉や牛肉を食えない人は普通にいます。由来成分もダメです。
肉は血抜きしたりしないと食えない人も普通にいます。
さらには牛乳や鶏卵も食えないヴィーガンも普通にいます。
うした方々への食事を出すということを、日本人は全く想定していないでしょう。

日本国は、同化圧力の物凄く酷い国です。
言い換えれば、同化政策国民の統一規格化

例えば国内にムスリムがいることも想定しない。
「日本に住みたければ、いうこときけ」「好き嫌いするな」の社会ですよね。

日本にいれば日本語が読めて当然という、恐ろしい前提もありますよね。
食品の原材料表示なども日本語でしか書かないですよね。
法令でも書かせるわけではないですし、
書かされないんだから、ほとんどの企業は、書きませんよね。
だから、極めて危険な国です。
判らないんだから、食べられない

単純に考えて、英語は日本人の多くが読める。
だから、英語を記載すれば解決することが多いでしょう。
なのに、英語すら併記しない。
観光客に見せたいところにばかり英語やハングルや簡体字や繁体字などを書くが、本当に必要なところには書かない

とりわけこの日本社会が牙を剥きそうなのは、災害時

日本は異様な国です。
日本人は、自分達が異常であることを自覚していなかったり
マスコミも知らせなかったり

さらには、テレビなどはしょせんは娯楽でカネが目当てですから、「日本は世界に対して排斥的だ」という現実から目を背け、
むしろ「日本すばらしい」と言ってくれる国外の人を出演させる。
そうすると、視聴者は愉快だから、「数字」が取れる、効果が高い広告枠だから、広告代理店も放送局も稼げる。

そうやって、自ら偏屈野郎になりたがるのが日本人。
ついにはそもそも自分がおかしいことにすら自覚がないのでしょうから、それは救いようがないです。

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【私事】若くはないし

もう若くはないので、死ぬことも想定していかなければいけないなと思っています。
まあもともと、生まれつき、遺伝子的には異常だし、精神的にも老人ですが。

しかし、資源が涸渇したり人類が滅亡したりするよりは、私が往くほうが早いと思います。たぶん。
日本国が滅亡するのは、もしかしたら、早いかもしれませんが。実際には既に破滅はしていますけれどね。
そもそも人類は地球の癌ですけど。

ともかく、片付け、後始末はある程度まともにしておく必要はあるかと思っていますから。
所有物は減らしておくとか、子孫は残さないとか。
戒名はもっておくとか。

もう5年以上は日本人は堕落し破滅に全速力で走っているのですから、
私も見限らないと、本当に甘いですので、
日本との接点は減らして、要らないアカウントなどはバッサバッサと削除して退会して、
整理して掃除しておかないと。
とっくに「匙を投げた」ので、何を云っても通じずムダなので(特に日本人は言語をまともにもたないので話が成り立たない)、
書くだけ書いて、ボトルメールかパイオニアのように投げて遺しておくわけですよ。パイオニアと異なりジェンダーバイナリではないですが。

これもそういうブログ。
よく考えたら、BloggerだとGoogleだから消える可能性は少しは低いか。アメブロとかはてなとかなんかよりは。

人類が滅亡したあとに、ほかの立派な知的生命体さんが読んでいるかもしれない。
面白い。楽しい。

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2018-09-30

「そんなのポリコレだー」って居直る人の異様さ

前稿を書いて、そしてまた考えるわけですが、
しょっちゅう思うわけですが、

「ポリコレだー」ギャーって騒いで開き直る人々、つまりマジョリティ=既得権益者って、
現実否定論者間違いをわざわざ通しているわけですし、
なにせ、社会を改良する、自ら成長するという気がないのですよね。

簡単に喩えば、
いままでだって、不可触賎民とか部落差別とかを撤廃しようとしてきましたよね。社会の革新です。成長です。
「ポリコレだーギャー」連中だったら、「同和はポリコレ」なんでしょうね。
訊いたことがないのでわかりませんが、おそらくそうでしょうね。

彼らはおそらく、欧米化を強いられてきたから欧米基準にするには差別撤廃になったってだけのことなんだと思います。
それが自民党とか日本とかのしきたり
だからいまや米国まで社会変革を棄て堕落が好きなんですから、「アメリカさんもああですよ」と言い訳なるから、日本も堕落好きに開き直れるんでしょうね。

進歩とか成長とかいう発想が彼らにはなくて、甘えと開き直りなんですよね。

それに対して、例えば科学者ならば普通は、真理に近づこうと努めて探求をしているのですよ。
とりわけ自然科学者ですね。

自然科学者のなかにもキリスト教などの信仰をもっている人が沢山おり、それを不可解に思う人はあるようです。

けれども、自然現象を捉えてもそこになんらかの原理法則があって、そこになんらかの意思とか奇蹟とかを感じずにはおられないから、自然科学者にもクリスチャンなどが少なくないのですよ。

進歩とか成長とかいうと、なにもないところに伸びていくことを想像する人は多いかもしれません。

しかし、たかがヒトの分際です。
なにをもって「進歩」「成長」というのかというと本当は、真理に近づく、究極に近づくということなのですよ。

例えばトップアスリートが記録を高めるのも、ヒトの限界を目指しているのです。
限界はどこかにあるはずです、当然ながら青天井ではありません。人体ですから。
その限界に漸近していくことに努めているのですよね。

真理に近づくべく自己研鑽を図っていくのですよ。
それを譬えれば、言い換えれば、神の御心に近づくということであったりします。
ヒトは創造主にはなれません。宇宙のちっぽけな、ゴミクズみたいな人類ですから。

真の宗教を捉えている、真の信仰をもっているということは、まあ、そういうことです。

ですから、最近の日本人とか米国人とかの「ポリコレだー」幼稚をみていますと、宗教ないんだな、エセなんだな、と判るのですよね。
嘆息です
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sage ってないの?と思うくらいつまらない話ですが、なにせこのブログの運用の話。
(いまどきsageってwwwとか言われるよなー)

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しかたなく。
だったらするなって話ですが。😓

いや、嫌ではあるのですよ。
readme とか 日記才人とかないんかなー😅

なにが嫌って、メンタルヘルスのサブカテゴリとか、セクマイのサブカテゴリとか、分け方がひどいですよね。

いや、メンヘルの方は、診断名を濫造した医者を称する人々のせいですけどね。
けどね、未だに「性同一性障害」とかいって侮蔑表現つかっているわけですし(いまどき世界の医療標準ではそんな呼び方しない)。

セクシュアルマイノリティの方はさらにひどくて、嗜好と一緒くたですし😢

トランスジェンダーは風俗営業しか職がないような日本社会ですからそんなもんでしょうが。凄いね。
うん。公衆浴場(銭湯)にも行けませんし。実際。
ノンバイナリだから、トイレどころか街歩いてもジロジロみられるんですよねえ実際。
もともと遺伝的にも、体型も、中性的なんですよね私、ずっと嫌がらせを受けてきましたから。

言っても直らないから、個別案件で片っ端から逐一直接言うことはしない。
こっちが死ぬから。
返ってくる反応わかるじゃないですか。
どうせ残りの人生、ゲージがあんまりないので、なんかあると死ぬし。

もっと根本的なことに費やさないと。根底から革新しないと。
つまらんことに消耗している場合ではない。
気高くあれ私

大相撲は娯楽ビジネス

大相撲の本性は、国技でもなければ、ましてや神事でもありません。
大相撲は、娯楽興行です。レジャービジネスなのです。

きわめて大雑把に拡大して「相撲」とだけとらえれば、その細々とした起源は神事であったかもしれません。

しかし、「大相撲」が成立したのは概ね江戸時代以降です。
日本人は「学力低下」ですし時間感覚がくるっています、歴史を知りませんので、江戸時代と言われると大昔だという人が多いようです。
しかし、江戸時代なんて、弥生時代や奈良時代からの歴史からするとつい最近です。
そして、江戸時代は東洋版資本主義の時代です。
大相撲は、その江戸時代の娯楽で、興行でした。

実際に、力士がなぜマゲを結っているのでしょうか?
そしてなぜ、マゲが結えなくなったら引退なのでしょうか?
マゲを結うのは武家ですよね。武家文化、それも江戸徳川文化です。
力士は、藩など各地方の代表者で、武家の生まれでもなくとも武士に準ずる資格を与えられていたからです。そしてときに、帯刀も許されていたのです。

大相撲は、地方の「代理戦争」であり、また、人々の娯楽、見せ物です。
江戸徳川時代の社会体制を維持するうえで、大衆娯楽は必要です。古代ローマ末期と同じです。
(実際問題、お伊勢参りや富士講なども観光旅行ですし。)

そして、未だにマゲを結い、どこそこ出身なんたら部屋〜とアナウンスしているでしょう?


「大相撲」がかりに神事だと強弁するのであれば、国家や公権力(天皇や首相や知事や市町村など)が支援するのは間違いですよね?

しかしそもそも、原型の相撲は神事であっても、大相撲は神事ではないのが史実です。
そして、大相撲はビジネスです。企業です。「日本相撲協会」の法人格とガバナンスは会社組織にはなっていませんが、そのへんをうやむやにしたむしろ腐敗し形骸化した団体だと、私にはみえます。

大相撲はビジネスです。レジャーです。
チケットを売って稼いでいます。
スポンサーがついています。なんで力士が化粧まわし付けて土俵を廻るのか、ってそれは宣伝ですから。「NHK」(国営放送)が永谷園とかの宣伝を垂れ流して平然としている確信犯。
「女人禁制」も、真の宗教なのでもなければ、昔の慣習だからなのでもなくて、そういうビジネス上でお決まりのパターンだから(顧客のとりわけマジョリティへの訴求のため)です。
ばかばかしいです。
まともに意味なんてないんです。

実際、国外出身の人が関取になったり横綱になったりすることでもモメてきたでしょ?このグローバルの時代にもなって、世界各地の猛者達が取り組む方が立派なのに、それを忌避するのはおかしいですよね。
けれどそれは形式に固執しているからで、中味にまともな意味はありません。
大相撲にいままでカネをつぎ込んでいる人々が、尊皇攘夷を期待しているからなのです。

大相撲はビジネスであって、スポーツではありません。商売です。
それにもかかわらず、スポーツのふりをしてみたり神事のふりをしてみたりするから、おかしなことが起こるのです。罰です。

勝手に「国技」を自称してみたり、神事だといってみたりするのも、箔づけ、権威づけ、ゲン担ぎ
要はカネが目当てです。
資本主義、拝金というだけのことです。

いまどきどころか以前からですけれど、歴史捏造、偽史というのにしても、右翼のポーズ、国家主義にしても、
要はカネが目当てで、自分が既成事実、既得権益にしがみついて生き延びたいだけのことです。
大相撲にせよ、フジ産経にせよ、日本ではいつものことで枚挙にいとまがないでしょうね。

私の政治的見解(政策、支持政党など)

私の政策に近いのは、Greens です。
スウェーデンでいえばMiljöpartiet(環境党)です。日本でいえば能力不足な政治団体ですが、「緑の党 グリーンズジャパン」がこれにあたるでしょう。

世の中のほとんどの政党は、人間の自己中心、エゴで成り立っています。
私の政見は、そうした人間本位の政治思想を超越したところにいます

ほとんどの資源は有限で、涸渇に向かっているのが現実で、否定しえません。
それなのに日本人をはじめ人類が資源を無駄遣いしているのは、現実逃避にほかなりません。

自民党など日本人も、米国人なども、「いままでどおりの社会」「いままでどおりの贅沢な暮らし」がしたいのでしょう。
しかし本当は、今まで通りに釣り合った暮らしではありません。
とりわけ近現代に、人類はものすごい勢いで、バランスを破壊した極端な暮らしに変貌しました。
だから、資源涸渇や世界人口増大、気候変動といったことが進んでいるのです。
日本人は、異常なことを「普通だ」と取り違えています

古来の「やまと」(和)は本当に、バランスを壊さないように努めていました。
古来の政治はいわば環境政治です。また言い換えれば、本物の神道です。

ちなみに、天皇を「左翼」だという人もいるらしいですが、
たしかに、言うまでもないことですが、大化の改新はコミュニズムでしたね。ただ、墾田永年私財法でコミュニズムはおわってしまったわけですが。
しかしとにかく、コミュニズムは核心ではありません。核心は環境政治です。言い換えれば、人間存在の相対化です。
まつりごとの本質は、声を聴くことです。とりわけ人以外の生き物や無生物の声を聴くことです。

今の日本人は、古来の政策と全く異なる、正反対のことをしていますね。

いくらでも繰り返し言いますが、神社本庁などの自称神道はエセ神道です。自分の得を追求する、人間本位のエゴイズムです。人間の儲けのために、他者を殺し、国土を穢し、地球を毀しています。
仏教もまた、ほとんどはエセに堕落しています。結局は、自分が得をしたいエゴと、そのエゴを利用したカネ稼ぎの業界です。
そしてそうしたエセもまた、自民党などと癒着しています。日本は利権「政治」で、既存の社会構造を頑として変えないことがポリシーの政府です。
だから、破滅に向けてひた走り、加速しています。

私の信仰は、真の神道ですし、真の仏教です。
だから、いまの「日本人」だとかいうのとは相容れません。彼らの「日本古来」は古来ではなくエセです。偽史、捏造です。


また私は、政策内容ではなく政治決定プロセスの点でいえば、私に比較的近いのはソーシャルデモクラシーです。

私は、「共産党」でもありません。
「共産党」にせよ人間本位で思い上がっている点では、「自民党」と同じです。
自分が正しいことが前提で「自分には何が正しいか判る」と思い上がっている人間は、ファシズムに陥ります。
アベが独裁で癒着とえこひいきの利権政治なのと同じで、「共産主義」の多くは一党独裁制です。自分で何が正しいか判ることが前提で、人間至上だから、独裁でも間違わないと思いこんでいます。
「自民党」も「共産党」もある意味で「宗教」です。これを「宗教」なんて呼んだら本物の宗教には失礼ですが。「原理主義」なんてことばがありますが、あれも宗教ではなく形式主義のカルトですよね。

しかし、放置して、誰もがやりたい放題をしていては(放任主義では)、限りある資源を共有して生き延びることは不可能です。
資源は人間が創ったものではなくて、人間は勝手に資源を奪ってきたのですよね。
人間のものでない物を、勝手に略奪して、そのうえに、既得権益者が重点的に奪ってムダ遣いして贅沢をしているのですよね。

限りある資源を我々がムダ遣いしないようにし、どのように共有するか、議論をして決めていく必要があります。
こうした計画性という点ではソーシャリズム(計画社会主義)です。
我々が自ら定めて、我々が自らしたがう。これはデモクラシーです。

異質な者どうしが議論して、ものごとを決めていくというのが、本当の協調性です。
日本人は、協調性がなく、国民を同化(標準化)させようとし、同時に、他人に迷惑をかけなければ(さらには法律に違反しさえしなければ)何をやってもいいという論法ですよね。
屁理屈捏ねて言い訳して現実逃避。
国家主義のもと同化し自虐を強いる、誇りのなさ。
異質なものをみとめない、diversity否定の協調性のなさで、日本はできています。

日本は封建国家で、特権階級が勝手に決めますよね。
一般人は投票だけしていればいい、さらには「税金を払っていないやつは口出しするな」とまでいう者さえ少なくありませんよね。
これはデモクラシーではありません。

「自民党」は、わがままな自分勝手と、拝金的な身分階級差別で成り立っています。
封建構造で、階級的な社会構造のもとで税金をバラまき、例えば電通やゼネコンなど胴元がピンハネするのが自民党政治ですよね。「55年体制」の頃以前からもそうです。
いまだって、「復興支援」と称して観光旅行だとかを割り引きしたりして税金をバラまいていますが、それで得をするのは企業と金持ちの層であって、本当に困っている人にまで降りてはきません、むしろ切り棄てられています、それが自民党政治の利権構造の特徴で、これを「トリクルダウン」と称して居直り強盗開き直っている確信犯なのですから。

モノが際限なくあってムダ遣いしてひたすら暴走してこられたから「経済成長」があっただけのこと、たまたま時流で運がよかっただけで、
そもそもの資源が有限でムダ遣い不可能なんですから、もう無理です。

いうまでもなく、こうした社会制度では、いまの生き地獄だけではなく、将来には破綻します。破滅します。
終わり。

もう間に合わないと私は思っていますよ。
けれど私は、もう間に合わなければ贅沢して滅びようという無責任な奴ではありませんので。
例えば「少子化問題」とかいって子孫を造っておいて、彼らに滅びの苦しみを与えるような野郎ではありませんから。