なんかひとこと

日本人は脳が壊れているのであろう(所見)

ブログの要旨

【重要】結論:せねばならぬこと

資源の無駄遣いを抜本的にやめる (怖れず徹底的に) 人口を減らす (人類を減らす) 地球外移住を進める 以上がこのブログの最大の存在趣旨である。 これを誰もが理解し人類が悔い改めれば、私はようやくこの重荷から解放される。 石油はあと50年ほどで涸渇する。ほか...

2019-01-17

気候変動を抑える食生活

肉や魚を食うことは、気候変動を助長する一因なのです。
それなのに、日本人は、食事そのものと気候変動の関連性をほとんど考えておらず、関係ないと思っているでしょう。

"New plant-focused diet would ‘transform’ planet’s future, say scientists" (The Guardian)

(English くらいいちいち訳したりしません。殆どの人は中学出ているでしょう。)


そもそも、動物を食いたいだけ食えるなんていうのは異常です。
ヒトどころかライオンですら、動物を狩るのには苦労しています。
動物を食うのは贅沢です。
贅沢だから肉が食いたいと思って、ヨーロッパをはじめ少なからぬ人々が肉食に憧れて、
食うために動物を飼って、肉を大量生産するようになってしまったのです。



魚も、満足に獲れるものではありません。
川や海岸で釣りをしたところで、満足な釣果が出るのは稀です。
海に出れば、遭難の危険もあるうえ、魚群に出くわすのも運です。
それが、魚を食いたいだけ食えるようになってしまったのは、近代以降の資源エネルギーの変化によるものでしょう。
それで、魚群も見つけられる、漁法も変えてしまった、さらには養殖するようになったわけで、それで魚肉を大量生産しているわけです。

ヒトは本来、食いたいだけ食えるわけではなく、だから栄養失調になったり餓死したりもし、寿命は短かったわけです。

食べ物が満足でないから、野草や山菜を食ってでも胃を満たそうとしていたわけです。
そのようにして、ヒトの肉体は成り立っています。


ヒトは生存意欲が、自衛本能が過剰ですから、
繁殖も過剰で人類は殖え過ぎました。
食事においても満足に食べようとしています。
人類が殖えたうえ、「先進国」では概ね栄養過剰で、贅沢品ばかり食う偏食も多くなりましたね。

他方で、人類は殖えすぎたので、栄養失調や餓死などに至る貧困者の数も多いわけです。


では考えてみましょう。

例えば、「腹八分目」と謂いますが、満足に食うと食い過ぎだからなのですね。
本来必要な量よりも、食欲が過剰だから。なぜならば、生存意欲、自衛本能が過剰だから。

心身の状態が切迫する(傷つく)ほど、欲求は混乱して、食事は乱れがちになります。
肉体労働など過激なことをすれば、それは動物性蛋白質の必要量は増えるでしょう。

しかし、現代の人間では、多くは肉体疲労よりもむしろストレス過剰(精神疲労、心的外傷)によって、食欲が過剰で偏るようになってしまっているのです。
それで、肉体には不要なほどの肉や魚を食ってしまう人が多いのです。


日本をはじめ「先進国」では、肉が大量生産されていて、むしろ廉価になっているくらいです。
そのため、ハンバーガーや牛丼のようなファストフードが成り立ち、
偏食を避けるにはむしろ食費がかさむくらいになっているでしょう。
(野菜を食う量が少ないというのは、食欲と、食費が主因。)

肉や魚を大量生産したり輸入したりするには、資源エネルギーコストがかさみます。
しかし、人間社会をカネ基準で動かしてしまっていますから、カネのためには資源エネルギーを無駄遣いするわけです。

そうして「先進国」が酒池肉林をやっている現状では、他方の貧困地域では栄養失調や餓死が日常茶飯事になっています。
つまり、肉や魚をガツガツ食っている日本人のような人々は、人道にも反しておるということでもあります。


そうすると植物ならばなんでもいいのかというとそういうわけではなく、
「果物は健康的だ」と思い込んでいる人がいますが、それも間違いです。
果物もやはり、贅沢品で、満足に食えるほうがおかしいのです。

だから例えば「旧約聖書」にも「禁断の実」を食ってなんたらというくだりがありますが、果実は贅沢品だからこうした描写が出てくるわけですね。
カルビーなどがフルーツグラノーラを盛んに売りたがっていますが、それは儲かるからです。印象操作により、身体によくない粗悪品が高く売れるからです。
高緯度帯では冬の日光が少ないのもあって、栄養を補うために果物を食べる習慣はありますが、果物も大量になれば過剰です。現在でも概ね、果物が売られすぎです。


シャカブッダの教え(仏教)では原則として、よその世帯の残り物を貰って食って暮らしていました。
古代のインドでも、ヒトが殖え過ぎているのに、食べ物がムダ遣いされている、物がムダに生産されているという実情はあって、
ブッダはその実情を看破していたからなのです。

つまり、真の仏教は、地球との共存共生の教えでもあります。
真の仏教徒は、物をムダに消費もしないし生産もしません。
地球をムダに毀さず、すなわち気候変動に対する意識も高くもっているのが当然です。
日本仏教界を見ていると、彼らは概ねエセなんだということが判ります。覚っていません。


神道にしても、真の神道は、すべてのものに尊厳を見いだし、畏敬します。

それに対して、神社本庁みたいな日本の神道はエセです。
彼らは、人間至上主義です。自分が一番で、人間以外を蔑ろにしています。
彼らは、自分や国家社会が可愛くて、地球どころか他国の人々をも蝕んでも傷つけても見殺しにしても、開き直っているでしょう。
そして、将来をも蝕んでいます。言い換えれば「未来にツケをまわしている」ということです。
今の日本人が贅沢をして現代の生活水準や国家社会構造を維持することが第一なのでしょう。
だから、地球や他国を傷つけても平然としている確信犯です。
そして、彼ら日本神道の連中の言うことを、愉快だと感ずる人々、甘えている人々がいて、だから神社に参拝したり、「おみくじ」を引いて自分に都合のいいことが書いてあるのを喜んだりしているのですね。

本質を視誤っておるのですし、さき(将来)をみていないということです。
皆さんはやたらと「前向き」が好きなようですが、まえ(過去)を向いておるということなのでしょう。


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